具現化の種
すでに「なっている私」が、
いまだに「なっていない」のは、
自分を誤解してるから?
すでに「なっている私」を
「まだ成れていない私」として誤認している。
認識がバグっているだけなんじゃないだろうか。
このままの自分では「ダメ」で「なることなんてできない」と、頑なに思い込んでいる。
『ダメな自分』という、視点への執着がある。
この『真実ではない視点への執着』が、エナジーの流れをゆがませていく。
そして、それはこの現実にいずれ誤作動をおこしはじめる。
あらゆる‘’痛み‘’として。
ココロの痛み、体の痛み、経済の痛み、、、
ダメでもんなんでもない自分をダメだと否定することは、
自分をどれほど苦しめてるんだろう。
この現実に豊かなものを生み出すことも、現実から受け取ることもできなくするよなぁ。
こんな些細なことなのに、
これがいちばん見えずらいような気がする。
自分を許すこと。
それが結局、全ての豊かさの具現化の種のような気がするなぁ。
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