ここのところ、呪いとか呪詛とかについての話しが盛り上がって(?)いるのだけど、
呪いってなんやろう?と、その起源を辿って辿って辿っていくと・・・
自分の思い込みで自分にかけてしまった制限?とか?
人からの恨みとか嫉妬とか呪いとかの類のものが自分から祓われる(リリースされる)時って、何となくだけど、自分の幻想から目が覚めるような…そんな感覚があるよなー。
そんなものが確かに働いている世界があって、そこから立ち去る感が。
そして、何やってたんだろワタシ?とシラフに戻る感が。
もしかして、恨みとか嫉妬とか呪いとかの類のものに実態を持たせていたのは、そんなものが活躍できる次元をキープしているのもそこに滞在することを可能にしているのも、もしかしてもしかして自分の‘’思い込み“なのか?
自分以上に力があるものって何?
そんなものがあると思いたいのは何でなんやろ?
自由を制限して、そうまでして、したいことは何なんやろう?
呪いを成立させる構造的なものがあるとして、
それを壊すまたは無効化することができるとしたら、
それは『気付き』の高さなんかな。。。
抽象的だけどつまりは“愛LOVE”・・・( ← これ、誰の真似・パクリでしょうーーか?わかった方はセッション¥1000引きいたします!!公式ラインに答えを書いて送ってね( *´艸`)ウフフ)
はーーーーー
またそんなことを考えてしまった。
どうやったらオセロの駒をひっくり返せるか、しかも平和的に、、なんてことを常に考えとるな。
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