現実とは
“外から与えられる出来事”
ではなく
“今の意識が選んでいる体験”
なのです。
/大瀧冬佳
選択ですなー。
前の記事にも書いたけど、自分の具現化したいものを文章化し続けた四月なんだけど、課題提出期限ギリギリの夜中、自分が書いた言葉の意味がわからなくなってくるというおかしな現象が起きた。
信頼?それって何のこと言ってる?
お金?お金ってどういうこと?お金って何だっけ?それ大事なんだっけ?
何でそう思ってるんだっけ?あれ?私が大事って思ってるって、なんでそう思った?
だんだん確信がなくなってくる。
さらには、言葉が散り散りに分解し始めてきて。ヤバイよね。
こうなると、言葉で現そうとしている自分の思いを言葉で拾うことが出来なくなってきてさー(T_T)
それでも言葉にしなければならない!何としてでも今夜中には!!という状況の中で限界を突破したのやろうか。
ここまできて分かったことがある。
言葉というまとまりにはなってないけど、本心のエネルギーのようなもの、それをちょっと感じられたような気が。。。ちょっと触れた気が。。。。。
具現化したいことってたぶん、この意識状態で『選びたい体験』なんだろうってこと。
私たちはいつも、この意識状態で選んでいない。
誰のかもわからないものを自分のものだとしているような意識状態で選んでいるんよね。
なんとなーく、ぼんやーり、誰かの欲しい何かをさ。
“今の意識が選んでいる”のは、いったい何だろうかね。
とりあえず時間ギリギリ、言葉にもならない本心のそのエネルギーのようなものを、課題どおり言葉にして提出したけどさ。
これから先、どんな体験が現れるやろう(*´艸`*)ドキドキ
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